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上杉朱璃(あかり)

Author:上杉朱璃(あかり)
「灯かりの扉」は、どんな時にもあなたの目の前にあります。
必用なのは勇気ではなく、幸せになりたいと願う思いだけです。
一歩踏み出して、その扉を開くのは、他ならぬあなたなのです。

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親と子 「木の実はもとに落ちる」

「木の実はもとに落ちる」

私が子供の頃に、
昔の人はよく言ったものだと、
によく聞かされた言葉です。

物心が付くころになると、
自分なりの考えや、
浅い価値観が芽生え始め、
生意気で危険な言動となっていたに違いありません。

そんな私を戒めるための、
父の言葉だったのだと、
気持ちで受け入れることが出来たのは、
随分と大人になってからでした。

どんなに偉そうなことを言っても、
子供に何かあれば、
に降り掛かってくるのだという意味です。


子供の言動に関して、
どこまで責任があるのか…、
という議論が情報番組で頻繁にされています。

ベテラン女優の長男が起こした事件が、
その発端になっている訳ですが、
記者会見の質問には、
あまりの愚問の数々に怒りすら覚え、
その関連の番組は一切見なくなりました。

何が聞きたいのかではなく、
何を言わせたいのか、

その低俗な記者質問に応えている姿を見て、
あまりにも痛々しく、
女優業で良かったであろうと思ったのです。

勿論、あの会見の一部始終は、
実像の彼女であったに違いないが、
霊視なのか個人的な想像なのか、
自分自身でも認識が曖昧な時があるように、
女優という表現者と自分との、
希薄な境界の中で、
無意識に救われていたのではないかと思うのです。


最もその職業だからこそ、
あの下劣な質問攻めに合うことになったのですが。

彼女は自分の育て方に問題があり、
としての責任を感じていると言っていましたが、
事の善悪を教えないはいなく、
個人の価値観にズレが生じることもありますが、
あの女優さんがそれに値すると、
思う人がいたのでしょうか。

思春期の反抗には辟易していたことを、
トーク番組等で話していましたが、
その息子が自分と同じ役者の道を志し、
幸運なことに大河ドラマに抜擢され、
ばかでありんす」と心から喜ぶ母親の、
子供の育て方の間違いによって、
この忌まわしい事件を引き起したというのなら、
事件を起こさずに済んでいる子供の親は、
ただのラッキーに過ぎない。


もし、あの母親に責任の一端があるとしたら、
急激に増えた仕事量に対して、
我が子の心身の状態がどうであるのかを、
本当は感じていたにも拘らず、
仕事が貰えるのは有り難いことだと、
見て見ない振りをしていたことだと、
私は思います。


お盆の頃にTV画面に映った被告を、
久し振りに観て、
明らかにその波動に危険信号を感じ、
何か起こらなければいいけど…、
そう呟いたのを覚えています。

この事件の全貌を霊視したのではありません。

彼の眼が異常にギラギラとしていながらも、
その焦点が定まっていなく、
脳の興奮状態を感じたからです。

それは一時的なものではなく、
長く継続的に興奮状態が続いていると思いました。

仕事の忙しさに加え、
自分自身も芸能人の一人として、
活躍している事実や、
出会う様々な人たちに興奮し、
睡眠をとり身体を休ませることよりも、
楽しいと感じることを選択し続けて、
自律神経に問題が生じていたと強く感じます。
(その選択こそが彼の問題だということは、一旦置いておきます)

徹夜をした時に、
何だか愉快な気持ちになって、
笑い続けたりする…、
それに似た状態が、
長い間継続したのではないかと思います。

泥酔状態ではなかったと、
自覚認識、責任能力を問う様な発言がありましたが、
むしろ泥酔状態であったならば、
脳の興奮に身体が付いていくことが出来なく、
あの事件を起こすことが出来なかったでしょう。

留置されたことで、
幸か不幸か規則正しい生活を強いられたことによって、
彼の自律神経障害は改善され、
引き起した事件がどれ程のことなのかを、
客観的に捉えることが出来る様になり、
震えが治まらず、
ただただ卑劣な行為を悔いているのだと思います。

どんなことがあっても、
私はお母さんだから…、
不謹慎ですがと、質問に正直に答えていました。

「木の実はもとに落ちる」

改めて、感慨深く父の口癖を思い出していました。

今日も最期まで読んでくださって、
ありがとうございました。


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タグ : スピリチュアル 霊視鑑定 鑑定 責任 事件 女優

盆の前に

日本のお祭りって、
農耕民族ならでは収穫の祈願や、
その収穫祭が基になっていますが、
唯一無関係なのが「踊り」なんだそうです。

これは読んで字の如く、
の祭りの踊りなのですが、
そこに託された思いに興味が湧いたものがあります。

には各家庭で盆飾りなるものをつくり、
ご先祖様を招き入れ、
そして送り出すこの行事は、
あくまでもご先祖様御霊に対して、
という考えであり行為です。

踊りは諸説色々とあるようですが、
精霊を送るだけではなく、
無縁仏や餓鬼を送るための踊りだという説があります。

迎え入れ、送り出してくれる者がいない、
身寄りのない無縁仏や、
餓鬼道に落ちた亡者を、
せめてには、
歌い踊いながら、
他の御霊と同じ様に送り出してあげようじゃないか…。

今では希薄になってしまったのかも知れない、
そんな日本固有の「情け」が、
単なる諸説ではなく、
現実であったと思いたいものです。

老若男女が歌い踊る、
その気持ちを感じ取り、
「こんなことをしていちゃいけない」と、
地縛霊すら天上へ登ってはいかないだろうか。


連日、猛暑日が続いていますが、
くれぐれもご自愛くださいますよう…。

今日も最期まで読んでくださって、
ありがとうございました。

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ソメイヨシノが咲くころまでは

できるだけ朝型人間になろうと志して、
…、と言ってもせいぜい八時には起きよう!
 くらいなものなのですが、
つい一週間ほど前までは、
この調子! って具合に快調だったのに、
たった一日だけ、就寝が早朝四時になってしまってから、
もぎたての朝日を浴びられない、
残念な生活に逆戻りしてしまいました。

たった一日が、それまでの数週間の、
快適な生活リズムを変えてしまうことに、
果たして肉体は、
何処へ戻ろうとしているのだろうかと考えてしまいます。

朝方であろうが、夜型であろうが、
どちらにしても、体内時計とのバランスをとりながら、
規則的であろうとし続けているようです。

春から夏にかけては、
生活習慣を変えやすいので、
まっ、その内に…、なんて思っていたら、
今度は花粉のせいで、
決まった睡眠がとれなくなった挙句、
数種の鼻炎薬の処方で、
一日中倦怠感と睡魔に襲われる始末です。

症状が酷く出てしまってからは、
どんな強い薬をのんでも、
鼻炎薬を直接スプレーしても、
いっこうに効いてはくれません。

脱水症状を引き起こさないのだろうかと心配するくらいの、
大量の鼻水に溺れそうになりながら、
静かに”その時”を待つしか手立てがありません。

湧き起ってくる怒りと闘いながら、
諦めかける頃、
突然に”その時”はやってきて、
鼻水が止まります。

宮城に移り住んでから、
行きつけになってしまったドラッグストアーの、
初老の薬剤師と顔馴染みになり、
私の姿を見つけると駆け寄ってきてくれます。

その方が言うには、
一時期花粉の症状が出ずに止まった人は、
また突然止まるそうなのですが、
自信ありげな言動とは裏腹な表情は、
根拠はありません…、と言っているようでした。

ソメイヨシノが咲くころまでは、
もぎたての朝日どころじゃないようです。

今日も最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。

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ただいまが言いたくて

ブログの掲載を始めた7年前から読んで下さっている方々は、
きっと分かっていたのだと思います。
きっと感じていたのだと思います。

私の気持ちや心のあり方が、何処か宙に浮いていることを…。

震災後に環境や状況の変化に、心が付いて行くことができなくて、
放っておくと怒りや憎しみの感情に支配されてしまう。

それを無視するように思考が命令をするのだけれど、
無理矢理に閉じ込めてしまう感情は、無かったことにはなりません。

やり直すのではなく、続きを生きるのではなく、
生き直そうと思うという趣旨のブログを何度か書きましたが、
それすらも、自分に言い聞かせていたに過ぎなくて、
もうすぐ五年になるというのに、
私は私自身を取り戻せずにいたのです。


精神の不安定は、年毎に酷くなっていっていって、
今年に入ってからは、投げ遣りになる自分と、
理想とする自分像との溝があまりにも深く、
私は壊れかけていました。

唯一、かの如く振る舞うことができたのが、
対面鑑定やお電話での霊視鑑定で、ご依頼者様と話をしている時でした。

それも束の間、一息つく間もなく襲ってくるのは、
「こんなはずじゃなかった」という嘆きと息苦しさに、
雁字搦めになっていました。

私たちは…、私たちの潜在意識)は、何をどうしたら良いのかを知っています。

でもそれを知る為には、自分の内なるところへ入って行き、
の声に耳を傾けなければなりません。


私はこの五年の間、最もしなければならなかったそのことから、
時間とお金を使いながら目を背けてきたのだと思います。

若しかしたら、私のそのものが、この状態を自ら選択したのかも知れません。

何故?

この極限の精神状態を経験しなければ、
多くの時間と僅かばかりの貯えを総て使い果たさなければ、
私が本当に望む、私自身を知ることが出来なかったからなのでしょう。


宮城は夜遅くから雪になりそうな、冷たい雨が降っています。

ベランダの手すりから落ちる雨垂れを見つめながら、
何故、どうしてを繰り返す私はもういません。

私が本当に望む生き方が何なのかを、
もう一度この手に掴んだから。

応援してくだった皆様、
ご心配をお掛けした皆様、
本当のただいまです!


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忘れないというけれど

ベットに入ったのが深夜2時過ぎでした。
キンドルペーパーで読書をし、いつもならば10分もしない内に、
ガックッとキンドルを持つ手が折れるのですが、
その夜は、どうしたことか、なかなか眠くならない。

読書に集中したいという気持ちは十分にあるけれど、
日中パソコンの前に座りっぱなしで、
目が悲鳴をあげていた。

目は閉じたのだけど眠れず、
右に左にと何度も寝返りを打っては、
ついに痺れが止まらなくなってしまった右手の置き場所を探しながら、
」が落ち着かないことを感じる…。

そっか、四年前の今頃は…、とあの日の光景が甦る。

亡くなられた方ばかりではなく、
残された多くの方々の思いが、
一塊の大きな「」となって、
夜更けになっても流れがやまないのだろう…。

いつもより寒く感じるのは、きっと気のせいではない。

地方の夕方からの特番で見た、
慰霊祭に出ていらした男性の言葉を思い出していました。

「今日のことは、自分達には何も特別なことではありません」
「仏壇に手を合わせることも、こうして墓参りをすることも」

奥様とご両親の三人を亡くされ、
男手ひとりで、三人のお子様を育てておられるその方は、
インタビューでそう答えました。

その重苦しく響く声の陰に、間違いなく潜んでいた怒りと憤りの感情は、
何に対してのものだったのだろうか…。

当たり前じゃないことが、当たり前の日常になっていく…。

それが辛いことであっても、悲しいことであっても、
当たり前の日常になっていくのです。

忘れない
忘れない…、と人は言うけれど、
それは思い出すことじゃなくて、
当たり前の日常になることなのかもしれません。



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