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上杉朱璃(あかり)

Author:上杉朱璃(あかり)
「灯かりの扉」は、どんな時にもあなたの目の前にあります。
必用なのは勇気ではなく、幸せになりたいと願う思いだけです。
一歩踏み出して、その扉を開くのは、他ならぬあなたなのです。

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(続)怒りの感情

私が、「怒り」の感情を手放すようになった、切っ掛けがあります。

お店のスタッフにEさんという、当時三十七歳で入店して来た女性がいました。
二人のお子さんを嫁いだ先に残して、離婚をしたばかりでした。
決して綺麗な子ではありませんでしたが、その笑顔はお客様の癒しになるだろうと思い採用したのでした。
普通の主婦をしてきて、最初は自信もなさげでしたが、
元々社交性があったのでしょう、日増しに水を得た魚のごとく輝いていきました。
そういう事は珍しい事ではありませんので、仕事を通して彼女自身が人生を生き直せたらいいと、
プライベートでもよく相談に乗ったりしていました。

そんな彼女の本質が見え始めたのは、入って二か月位の時からでした。
緊張が薄くなるに連れて、酒癖の悪さが目立ってきたのです。
表面的には「酒癖の悪さ」でしたが、スピリチュアル=「」の歪みであることを私は気付いていました。
感情の起伏の激しさが毒舌に発展していって、お客様とのトラブルも頻発していました。
事ある度に、時間を設けて彼女に言動や行動の大切さを教えました。
「ごめんなさい」が言えないというのには、流石に驚きましたが、
それも私の使命だろうと、彼女のスピリチュアル=「」に丁寧に向き合い、
三年の月日の中で、少しの成長を見せるようになりました。

しかし、或る男性との不倫を切っ掛けに、その成長も止まり、
開き直りと、ふてぶてしさは目に余るものになっていき、他のスタッフとの摩擦も避けられない状況の中、彼女は退店することになりました。
女性ばかりの職場には、相性の悪いスタッフ同士というのが付き物ですが、
大抵の摩擦は私が中に入る事で、表面化する事はなくなります。
しかし、彼女の「」の波動は、不倫相手の「」の波動を引き寄せ、救い難いところまでスピリチュアル=「」が悪化していました。
自分の正当化を主張し、聞く耳ではなく、聞くスピリチュアル=「」を持っていません。
それでも、退店する日に彼女は三年間の現実にお礼を言い、
「ママの所を辞めたら、もうこの仕事には就かない」、そう呟いたのです。

私にとっても大変な月日でしたから、感慨深いものがありました。
最後のお給料を取りに来た時にも、一緒にお酒を飲み、笑って別れました。

それから一か月位経った夜、私はお客様の誘いで、他店にお邪魔したのですが、
なんとそこに彼女がいたのです。
一瞬顔が引きつったかに見えましたが、小さな店なので隠れることも無理だと判断したのでしょう、
意を決したかのように私の所にやって来て、
「お久しぶりです。今度はここでお世話になっています」、そう言いました。

私はご一緒したお客様の手前、平常心を装いましたが、
その時の「怒り」は、今思い出しても至上最大級でした。(>_<)

あまりの「怒り」に頭の中を色々な事が過ぎって行きましたが、
何故私はこんなにも「怒り」の感情でいっぱいになっているのだろう…、
と自分のスピリチュアル=「魂」に問いかけると、
そこにあったのは、「どんなに最悪な彼女でも、私を裏切ることはないだろう」という想いでした。

私は彼女の言葉を信じていたのです。
しかし、その言葉は嘘になった…。
それが「怒り」の原因でした。

しばらくの間、私は自分自身も「怒り」と向き合いながら、
信じさせらたと思う気持ちが「怒り」に繋がることを知り、
信じたのは紛れもなく私のスピリチュアル=「魂」であり、彼女の問題ではないと悟ったのです。

すると、「怒り」に翻弄されている事そのものに、「怒り」を感じ、
同じ汚れたスピリチュアル=「魂」の土俵にには、上りたくなくなりました。

そして、私のスピリチュアル=「魂」から、「怒り」を手放したのです。


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タグ : 怒り スピリチュアル 波動

能力

私達は、脳の1%も使わないでいるそうですね。
霊視をすると、その脳と同じように、
その人が持って生まれてきた能力を、殆ど使わずにいる方がいます。

小学校の通信簿じゃないけれど、「やれば出来るのですがね…」、です。
能力とは、自分が何もしないでいても出来る事…、ではありません。
努力に対しての後押しをしてくれるものが、能力です。

数字の計算能力が高い人が居るとします。
しかし、この人が計算というものをしなければ、その能力に気付くこともないでしょう。
それと同じなのです。
行動を起こさなければ、自分に備わった能力に気付く事はありません。
例え行動を起こしたとしても、一度や二度くらいでは表面化しない能力もあります。

私はこういう方を見ると、何でこの能力が私に備わらなかったんだろう…。
絶対に無駄にしないのに…、と勿体ない気持ちでいっぱいになります。

ある時に、こういう方々の共通点を知りました。
「あなたには、○○○の能力があるわよ」と、本人に伝えると、本当に素直に喜びます。
けれど、それじゃ、と行動に移すことはないのです。
仮に行動に移したとしても、継続が出来ない。
そうなのです、喜ぶだけで終わってしまうのです。(>_<)
努力をするのが苦手なのです。
しかも、努力が出来ない理由を見つける天才でもあります。^_^;

残念で仕方ありません。

能力とは努力の後押しに発揮されるもので、継続によって表面化され、
その積み重ねが実力になるのです。

せっかく前世から握ってきた、あなたの能力なのです。
努力をしない理由を考える前に、まず努力をしてみて下さい。
そして、能力があると言われた喜びを、実力に変えた真の喜びに変えて下さい。


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タグ : 霊視 前世

怒りの感情

四十五歳を過ぎた頃から、
「まっ、いいか」、と事を流すことが出来る自分になることが出来るようになりました。

それまでの私は、些細な言葉ひとつで神経を揺るがし、怒りの感情を野放しに出来ず、
「ちょっと、待ってよ。冗談じゃないわよ」ってことになり、
相手を追求していくのは、日常でした。

そんな性格ですから、相手がお客様であろうと、そこの部分は譲れない…、
「お金を払えば、何をしても、言ってもいい訳じゃないんだ」って具合に、客席で始まっちゃう。
しかも、私は声が大きい…。^_^;
一旦そうなると長くなることを知っているスタッフは、
「あぁ、やっちゃった…」の表情で、何はともあれ謝りなさいのシグナルをお客様に送るのですが、
お酒も入っての男に火が点いて、論点は時間と共にずれていき、
結局、「すまなかった、そういうつもりじゃなかった」の言葉が出るまで続きます。

或る年末に、来年の抱負をスタッフと話をしていて、
「私は、来年からお客様をキカセない」、と誓った正月の二日に、
カウンター越しに大声が飛んでいました。(笑)

私の怒りの基準ってのがあって、相手の行動や言動に「悪意」を感じた時なんですねぇ。

でも、或る時に気が付いたのです。
相手は、何も感じていないって事に…。

そういう汚れたスピリチュアル=「」の人ために、
自分のスピリチュアル=「」まで怒りの感情で汚したくはない…。
それほど怒りまくってきたのかも知れませんが、その境地に立つと肩の余分な力が抜けるようです。

今は「悪意」の言動や行動に対して、「はぁ…」の溜息と共に、
私のスピリチュアル=「」まで入って来ないように手放しています。

私から手放された「悪意」の波動は、放出した本人へと帰って行きます。
本来あるべき怒りの感情は、愛情のある証しです。
愛情をもっていない人達に対する「怒り」は、受け入れずに、
「本人の元に帰りなさい」と手放しましょう。


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タグ : 怒り 悪意 スピリチュアル

霊視鑑定 写真

対面鑑定をし続けてきて、
写真でも霊視鑑定が出来るだろうかと思ったのは、
今から七年程前のことでした。

ある方から、写真に「」のようなものが、
映っているようなんだけど…、
とその方のお子さんが映っている、
一枚の写真を見せられました。

実際にはその方が言う「」は、
写真には写ってなく、
背景の濃淡が「」に見えただけだったのですが、
私には「」などよりも、
生後八か月頃写真でしたが、
そのお子さんのことが、
ひどく気になって仕方なかったのです。

「このお子さん、目が悪いわね」
と私が言うと、
その方はとても驚かれて、
「この頃にはまったく気が付かなかったんだけど、
とてもひどい弱視だったの」と、
どころの話ではなく、
お子さんの将来の話になってしまいました。

その時のことを境に、
写真でも十分に霊視が出来ることを実感したのです。

その昔には、写真を撮るとを抜かれるなどと、
今では笑い話にもならない、
噂が広がったそうですが、
見方を変えると、
強ち間違いではないかもしれません。

写真は画像だけを映し出すのではなく、
その人の表情とは無関係に、
スピリチュアル=「」までを映し出しています。


昔の人がという概念をどう捉えていたのか、
明確ではありませんが、
を抜かれる…、という表現は、
当時を生きた人たちにとって、
は身近に感じるもので、

少なくとも現代の自分たちからは、
生まれないであろうと思うのです。

文明の開化と共に、
私達は生きることに大切な武器を、
自ら捨ててしまっているのではない
かと、
感じるひとつの要因です。

写真での霊視鑑定をして、
ご依頼者様からお礼のメールが届く度に、
日本全国の方々は勿論のこと、
海外にお住いの方にまでおよび、
霊視鑑定をさせて頂けることに、
心から感謝している次第です。

ネット上でHPを開設してから、
一番最初の霊視鑑定のご依頼者様は、
アメリカに住んでいらした日本の女性でした。

対面でしか鑑定が出来なかったら、
出会うことのなかった「縁」でございます。

今日も最期まで読んでくださって、
ありがとうございました。

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ビックとは魂の大きさ

今から十三年前、私がクラブを開店する際に、予定していた資金の一千万円が入らなくなってしまい、
途方にくれたことがありました。

既に、店はオープンしていたにも関わらず、父の紹介でお仕事をして下さった業者の方々に迷惑を掛けている現実で、眠れない夜を過ごしていたのです。
何とか別の方法を考えなければならなく、その当時お客様だった銀行の副支店長に相談すると、
離婚をしていて、自分名義の資産があるわけでない私には、かなり難しい問題で、
その副支店長の立場では決済出来ない金額とのことでした。

しかし、他に方法のない私は、副支店長の持っている知恵や知識にすがるしか術はなく頼み込むと、
その銀行と取引がある有力者の一言があれば、支店長決裁なら出来ることを教えてくれました。
保証人になって頂くわけではなく、つまり実権というコネクションを使う方法でした。

頭の中をグルグルと色々な方の顔が過ぎっていきましたが、身内にはそんな有力者などいるはずもなく、気持ちと現実は噛み合わず空回りするばかりでした。

そんな時に、ある地元のお客様が来店し、出来上がったばかりの店を褒めて下さったのを切っ掛けに、恥を忍び、勇気を出してお尋ねしたのです。

「社長は○○銀行と取引がありますか」
私の表情から緊迫したものを感じたのでしょう、事情を説明する時間をくれました。
「分かった、俺が貸す」
その言葉に、私は驚いてしまって、首を横に振るのが精いっぱいでした。
「百万円じゃないの、一千万円なの」
「○○銀行の支店長にお口添え頂ければ、それだけで…」
「ママになら貸してやるよ。高い利息を銀行に払う必要はない」

私の中で、カチカチと音を立てて進む時計の秒針が、一瞬止まったのです。
思ってもいなかった言葉で、私は地獄から拾われたのでした。

お金を受け取りに伺った時に、その社長が言った言葉を私は生涯忘れません。

「ビックになろうな、自分だけじゃ、つまんない」

何の条件も付けずに、一千万円を翌日に貸してくれた、その社長のスピリチュアル=「」を、
私は次の私に、引き継いでいかなければならないと思っています。

お借りしたお金は既にお返ししましたが、
受けたスピリチュアル=「」の恩は、一生涯掛けても返し切れないのです。

私はビックにならなければなりません。
それが、唯一の社長との約束ですから…。



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タグ : スピリチュアル

心がけ

私は霊視鑑定をする上で、心掛けていることが幾つかあります。

一つには、偽りがあってはならないということです。
鑑定した結果が、依頼者にとって望ましくない内容であったとしても、
視えたことに対して忠実であろうと思っています。
私は依頼者の友人ではなく、あくまでも霊視鑑定士だからです。
だからこそ、ストレートに依頼者のスピリチュアル=「」の波動に繋がり、ありのままに視ることが出来、この現世で精いっぱいに生き抜く指標を、導くことに近づけると信じています。

もう一つは、視えたことを報告するに止まらないという事です。
どんな現象にも原因があり、そして解決の出来ないことはないからです。
原因を認識し、解決に繋がる努力をすることこそが、現世での使命であり、生きている意味でもあります。
如何なる時にも、道は一つではありません。
目の前に道は幾つもあるのです。
どの道を選ぶのかは、自分自身であり、どの道を選択しても、苦悩は存在するのです。
ただ、どんな苦悩を選択するのかだけなのです。

幸せとは、苦悩のない状態ではなく、
苦悩の中から導き出す、スピリチュアル=「」の状態です。

もしあの時、別の道を選んでいたら、今頃私はどうだったのだろう…、
と思うことは誰にでもあるはずです。
選ばなかったもう一つの道は、時としてとても輝いて見えるかも知れません。
けれど、その道を選んだとしても、選ばなかったこの道は輝いて見えているはずです。

自分の人生です。
たった一度のこの現世を、自分の意志で選択し、
自信を持って生き抜いていかれることを願ってやみません。


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タグ : 霊視鑑定 霊視鑑定士 スピリチュアル 波動 現世

問題は現象

自分を悩ませている問題は、単なる現象だと思い、客観的に問題をみつめて下さい。

例えば、金銭的に苦労している方が、お金の都合がつけば問題解決でしょうか…。
また、旦那の浮気に悩んでいる方は、旦那が浮気相手と別れたら、問題は解決するでしょうか…。
持病に不安を抱えている方が、持病が治ったと主治医に言われたら、問題は解決するのでしょうか…。

もう、気が付かれたことでしょうか…。
目の前に起こってる事は、長い人生に於いての、現象に過ぎないのです。
問題が起こっているのは、現象に振り回されている自分自身の中なのです。

一時的に、金銭の都合がついたとしても、ホッとするのは束の間、半年後、一年後を考えた時、
また不安と闇の中に放り出されることでしょう。
浮気相手と別れても、過去の現実を頭の中から捨て去る事が出来ずに、思いだしては胸が締め付けられ、少し帰宅時間が遅くなっただけで、またよりが戻ったのではないかと苛立つのではないでしょうか。
これで持病を抱える煩わしさから解放されると安心するのは一時で、僅かな症状に、本当は完治などしてはいないのではないかと疑心難儀に陥るのではないでしょうか。

これらの感情の総ては、現象を前にして自分自身が作り出す実態のないものなのです。
人は想像するという素晴らしい能力を持っています。
その素晴らしい人間だけに与えられた能力を、「」の波動に変えないで下さい。

金銭的な問題が生じたら、収入と支出のバランスが崩れているのです。
生活の何所に原因があるのか見直せば良いのです。
浮気問題が生じたら、「何故」・「どうして」等と考えずに、浮気なのか本気なのか、家族と新しい人生とを秤にかけるくらいの覚悟があるのかの、直接の話し合いを持つことです。
病気の現象が生じたら、自分に出来ることと、専門家にしか出来ない事を区別し、淡々と治療を続ければ良いのです。

総て、目の前に起こっている現象を、一旦受け入れる事が大事なのです。
現象を受け入れたくないスピリチュアル=「」が、「」の波動を放つようになると、
問題を更に複雑化して、スピリチュアル=「」を汚し傷つけることになります。
その事の方が、不幸であることを知って欲しいと願います。


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タグ : 金銭的 浮気 持病 問題 スピリチュアル 波動

あの村の出身

ブログを毎日見て下さる方から、
スピリチュアル=「」の汚れている人に関して、もっと教えて欲しいと要望がありました。

なるほど…、美しい「魂」を紹介するのも大事だけれど、日常の生活の中で、
人との関わりを処理していく為に、
汚れた「魂」を知ることも大切な事なのだと思いました。

汚れた「魂」を持った人達を、私は「あの村の出身」と呼びます。
肉体から「」が離脱して上って行先は、現世でのスピリチュアル=「」によって違うと考えています。
スピリチュアル=「汚れた魂」を持つ人は、同じ汚れたスピリチュアルを持った人達と同じ故郷に帰って行くのです。
だから、「あの村の出身」なのです。

再び現世におくられる際には、そのスピリチュアル=「魂」の汚れを取り去ることが使命であるはずなのですが、過去の記憶は、深層下に沈んでしまっているので、認識はありません。

「あの村の出身」の人達は、不思議によく似ています。
共通点を幾つか挙げると、
責任転嫁が上手く、利己主義で、虚栄心が強く、
何よりも嘘つきです。

あなたの周りにも「あの村の出身」の方がいらっしゃるでしょうか…。^_^;
具体的な例は、また徐々に…。



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タグ : スピリチュアル 美しい「魂」 汚れた「魂」 現世

ツキたければ、与えなさい

ツキに関して、スピリチュアル=「」の「負」の波動がツキを呼び込まないと、
以前ブログにも書きましたが、
「負」の波動について、補足したいと思います。

「負」の波動というと、マイナス思考と思われがちですが、
勿論それも重要なことなのですが、他にも大切な事があります。

自分の為に使ったものは、時間も、お金も、気持ちも、返っては来ないという事です。

スピリチュアル=「」は、自分以外の事に使うことで、輝きを増し、
それは「陽」の波動として放たれ、他からの「陽」の波動と結びつきます。
その引き寄せる「陽」の波動こそが、ツキなのです。

ツキがないと口にする人ほど、自分の腹をいっぱいにする事に重きを置いています。
自分の腹がいっぱいになったから、少し何か恵んでやろうか…、
これは「陽」の波動ではありません。

自分が苦しいのに、人の事を考えてなんかいられない…。
自分が辛いのに、人の辛さまで心配なんか出来るわけないだろう…。
こんな風に、まず自分…、という方は、余裕があっても人を労り案ずる事など出来ません。

何故ならば、人を想いやるのは、頭ではなく、スピリチュアル=「」だからです。
スピリチュアル=「」は、優先順位で物事を考えることはありません。

簡単な例です。
あなたが風邪を引いて伏せっているとします。
夕食の準備どころか、部屋の灯りを点けるのさえ難儀でいるところに、
相手が(旦那でも、恋人でも)帰って来て、
「大丈夫か…、食事もしてないんだろ。今、何か作るから」
と言われたらどうでしょう。
「ごめんね、あなたも仕事で疲れているのに」
そういう気持ちでいっぱいになるはずです。

なのに、
「何だよ、電気も点けないで。俺だって仕事で疲れて帰ってきてんだよ、メシもないのか」
と言われたら、
「死んでしまえ」って思うでしょ。(>_<)

この気持のやり取りこそが、引き付け合う波動なのです。



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タグ : スピリチュアル 波動

恋はスピリチュアル=「」を、最も成長させてくれる時間です。
しかも、自分の中の恋心に気付いているのに、相手に伝えられずにいる時間は、
毎日、毎時間…、スピリチュアル=「」を震わせています。

スピリチュアル=「」が震えるというのは、感じるという事です。
「今、どうしているんだろう…」
「電話なんかしたら、迷惑だろうか…」
「私をどう思ってくれているんだろう…」
…、こうして日がな一日、相手の気持ちを考えているのです。
相手を想い、考え、出口のない迷路を行ったり来たりしているその間、
スピリチュアル=「」は、自分以外の人に波動を向け、また相手の波動を感じようとしています。
そのプロセスが、スピリチュアル=「」を輝かせます。

しかし、いったん恋が実り、恋愛になると、スピリチュアル=「」の波動に変化が起こります。
「こうして思っているのに、あの人は…」
「何で電話くらい掛けてこないんだろ、待っているのに…」
「心配じゃないのかしら…」
…、こうして、相手を思っているかに見えて、実は自分を思っているのです。

嫉妬や不満で染められたスピリチュアル=「魂」は、「」の波動を放出するようになります。

「あなた、変わったわね。付き合ったばかりの頃はもっと違ったもの」
よく聞くセリフですが、
恋が恋愛に変わるに連れて、自分の出す波動が変わっているのかも知れません。

片想いでいた頃の自分に、もう一度会いに行ってみて下さい。


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彼岸

二十日は彼岸の中日です。
彼岸の中日の前後三日間を合わせた七日間を、彼岸と呼びますが、
すると十七日から既に彼岸に入っています。

煩悩に苦しみ生きるこちら側を「し岸」と呼び、煩悩から解脱した向こう側を「彼岸」と呼びます。

現在では、ご先祖の供養をするのが慣例になっていますが、
元々は、「極楽浄土」は西の果てにあると信じられ、
この現世に生きている者が「極楽浄土」を祈願し、真西に沈む夕日に手を合わせたのだそうです。

その本来の彼岸の意味を考えると、彼岸には現世で生きている私達が、
自分のスピリチュアル=「」を見直し、「極楽浄土」が本当に有るのかどうかは分かりませんが、
この現世での生きる意味を考える時間でもあるわけです。

一年に二回、春の彼岸、秋の彼岸があります。
春には牡丹を象徴した「ぼたもち」、秋には萩を象徴した「おはぎ」を、ご先祖様にお供えして、
感謝の気持ちを、立ち上る香に託したら、
自分のスピリチュアル=「」について、見直す時間を持つことも大切ですね。



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タグ : 彼岸 煩悩 スピリチュアル

スピリチュアル=「魂」の疲労

これといった理由もないのに、気持ちが鈍より沈んで、
やる気が起きないなんて事はないでしょうか…。

気分転換をしても、一時でまた直ぐに戻ってしまうような時には、
スピリチュアル=「」の疲労が考えられます。
スピリチュアル=「」の疲労は、心の疲労とはまた違っていて、
日常の何気ない生活の中の「邪気」が「」に沈滞している状態です。
ですから、気分転換で回復するのは難しいものです。

本当は、スピリチュアル=「」の美しい方と、時間を共にするのが一番簡単な浄化の方法なのですが、傍にそういう方を感じられないような時には、
アロマキャンドルに火を灯し、小さな炎を見ながら、
その炎が、自分の中に蓄積し邪気」を、燃やし尽くしてくれるイメージを持つのも効果的です。
ただ、慣れないと、その行動そのものの信憑性を疑う、顕在意識が働き、
効果が表れないこともあります。

映画を観るのも、一つの方法です。
気持ちが高ぶり過ぎても、スピリチュアル=「」の浄化には不向きで、
どちらかと言えば、緩やかに気持の良い映画をお勧めします。

お客様に貸して頂いたのですが、黒沢明監督の「雨あがる」という作品は、
電車の窓から景色を眺めるような、リラックスした気持で観る事が出来、
観終わった後に、スピリチュアル=「」に清々しさを感じました。

ソファーにでも横になりながら、肩の力を抜いて一度観てみて下さい。(^_-)



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改) 魂が分かるということ

頭でちゃんと分かっていることが、
ある時突然に、
何の前触れもなく、
自分を襲ってきたなんていう経験はないですか。

えっ?
どうゆうこと?
意味分かんない…
そんな呟きが聞こえてきます。

ですよね…
私自身、何が起こったのかを、
思考の中で整理するのに時間を要したのは、
言うまでもありませんが、
実際に経験した瞬間のことです。

時間は戻らない、
なんて誰もが当たり前に知っていることで、
歌の歌詞なんかに出てくると、
昭和だなあ、
って鼻で笑っていたくらいなのですが、
私はこの「時間は戻らない」ということを、
全身の細胞が一気にざわめき、
身体を締め付け、
呼吸が出来ないほど震え、
嗚咽が止まらなかったことがあります。

当たり前だと認識していたことを、
スピリチュアル=「」が、
まるごと受け止めた瞬間だったのだと思います。

豪速なストライカーのボールを、
全身で受け止めた時の衝撃に、
近いのではないかと思う。

そして更なる驚きは、
それが起こったのは、
四十三歳の時だったということです。

自分の身に何が起こってしまったのか、
鷲掴みにされたをゆっくりと解き、
泣き止まない子供をあやす様に、
私の中の私に問いかける。

何が悲しいの?
何が苦しいの?

もうあの人は、
私の傍にはいない…

二十一歳の時、恋愛をしていました。
その人の想いが二十二年も過ぎて、
私のスピリチュアル=「」を激しく震わせたのです。

我儘で鼻持ちならない私を、
本当に大切にしてくれました。

私に沢山のものを与えてくれたのに、
私は当たり前の様に受け流し、
何一つ返してあげることもなく、
来月また何処かで会うような、
簡単で無神経な別れ方をしました。

その人はもう私の傍にはいないのだと、
二十二年も過ぎてから、
全く無関係な場所で、
全く無関係な時に、
全く無関係なメロディーに乗って、
突然に襲ってきたのです。

時間は戻らない…、
そんな当たり前なことを、
スピリチュアル=「」が受け止め、
愚かさに気付いた瞬間だったのです。

後悔などという言葉では片付けるのことの出来ない、
苦しく痛むその時の感情は、
その後の私の生き方を大きく変えました。

今ある当たり前のことは、
誰かの思いによって、
当たり前になっているということを知ったのです。

そして、一度手放したものは、
時にとけて流れ、
二度と戻ってくることはないと…。

二十二年も経って、
また私は与えて貰ったのです。

頭で分かっていることを、
スピリチュアル=「」も受け止め、
理解しているとは限りません。

その歪みが幸せをこぼしてしまうこともあるのです。
一握の砂のように…。

今日も読んでくださって、
ありがとうございまいた。

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タグ : スピリチュアル 霊視鑑定 霊視 当たり前

子供の頃のように

感じることが大切だと、私は常々言っていますが、
子供を育てたことのある方なら、一度くらいは経験があると思います。

単語を並べられるようになった三歳の頃、
空を見上げて、「お空、雲さんふわふわ、気持ちいいねぇ」とか、
「アリさん、いっぱい、いっぱい。すごいね、すごいね」などと、
擬声語を交えた短文を話すようになります。
これは、少ないボキャブラリーを駆使した、子供の精一杯の感情表現です。

この頃の子供は、何を見ても聞いても感じ、そして感じた全てを表現しようとします。
大人が聞いていて、「えっ!?」って、聞き返したくなるほどの、天才的な詩人です。

そこには、何故気持がいいと感じるかとか…、何がすごいのか…、などは必要ないのです。
物や現象を見て、かつて覚えた「気持ちいい」、「すごい」、「怖い」、「可愛い」等の言葉を結びつけているのは、脳ではなく、スピリチュアル=「」なのです。
だからこそ、雲を見たらいつも「気持ちいいいね」と言うわけではなく、
雲の形や空の色の微妙な違いを感じ取り、「怖いね」になる時もあるのです。

大人になるに連れ、感じることよりもまず先に、脳で判断しようとするようになります。
脳は常に、過去の経験と思考とで理屈を探し出します。
人間には第六感と呼ばれる、超感覚が備わっているのに、
どんどん使わなくなって、次第に退化してしまっています。

私達のスピリチュアル=「」は、深層下で総ての事に繋がっていて、
危険なのか、安全なのか、進むべきか、戻るべきか…、全て知っているのです。
そのスピリチュアル=「」の信号を受けとめることが出来るように、
感じることに意識を集中したいものです。
子供だった頃、無意識にそうしていたように…。


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諸行無常

不況、と一日に何度耳にするでしょう…。
商品を製造しても売れず、お金は動かず、人は動けなくなり…、
本当に殺伐とした月日が過ぎて行きます。

私のお店にいらっしゃるお客様も例に漏れず、
「参った」と顔を揃えて口にします。
勿論、店の売上も想像を絶する下降線を辿っています。
どう足掻いても、個人経営のビジネスには打開策など、そう簡単に見つかるわけもなく、
ましてや、人口が高々六万人位の私の住む町では、薄利多売が通用しません。
限界までコストを下げて、後はじっと身動きせずに辛抱するかです。
まるで台風が過ぎるのを、窓から眺めている様です。

お客様を見ていると、業績を伸ばした企業や、営業マンほど、
この不況の打撃は大きく、生活よりも精神状態を著しく脅かしているようです。

出世街道をひたすら走って、一番を取り続けてきた営業マンは、
物を売らなければならない事より、一番の席を手放す事に執着している感があります。

元々、何も持ってない人の方が、こういう状況には滅法強い。
私もその中の一人なのかも知れないけれど、一か月に30万円足りなかったのが、
50万円足りなくなっただけの事だ…、と倒れかかる自分を、何とか支えられる精神力は、
物質的に豊かだった人よりも鍛えられているのです。

そうでなければ、この大不況がやって来る10年も前に、心筋梗塞で帰らぬ人となっていたか、
精神に異常をきたし、家族に多大な迷惑を掛けていたに違いありません。^_^;

私は、「自分に出来ない事は降りかかって来ない」、どんなに苦しい時も、
そう信じて生きて来ました。
それが、私を廃人にさせなかった「想い」であり、スピリチュアル=「」です。

こんな時代だからこそ、生き抜くために必要なのは、物質ではなく、精神力です。
諸行無常」、形あるものは、何れ形を無くし、移り変わります。
社会情勢や、収入や、地位、名誉に翻弄されない、
スピリチュアル=「」を成長させる為に、
私達の生き方を見直す時なのかも知れません。


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他が為に越える山

大切な人を想いやるスピリチュアル=「」は、結果的に自分に幸福感を与え、
自分自身のスピリチュアル=「」を輝かせます。

例えば、今現在懸命に働いていながらも、金銭的な苦しみを背負っているとします。
でも、「必ず極上のステーキを食べるんだ」と、歯を喰いしばり社会の渦の中で働いているのです。
どんな困難な出来事も、その想いがある限り、乗り越えられるに違いない…。
そう、それは理想です。
しかし現実は、来る日も来る日も、思い通りにならない社会の中で、
ジレンマと自己嫌悪に押し潰されそうになりながら、想いは遥か彼方にその陰だけを残し、
苦しみは「極上ステーキ」を、「ハンバーグ」に変えてしまいます。

人は自分の為のみに、山を登れない…。

しかし、状況はまったく同じでも、「極上のステーキを大切な人に食べさせてあげたい」、
だったならばどうでしょう。
襲い掛かる苦しみ試練から、「極上のステーキ」を「ハンバーグ」に…、と思った瞬間に、
満面の笑顔で「極上のステーキ」を口にする大切な人の姿が過ぎらないでしょうか…。
その姿が、萎れかかった想いを再び震え立たせるに違いありません。
大切な誰かの為だからこそ、山を登り続けることが出来るのです。

そして、それは誰の為でもなく、自分自身の為であったことを知るのです。

他が為に越える山 
我が為に越えられぬ塚
頂に立ちて、我が為と知る成り

この大切な誰かの為に…、という想いこそが、
スピリチュアル=「」の輝きであり、美しい魂そのものなのです。

あなたは、大切な人がいますか…。
そして、その大切な誰かの為に、スピリチュアル=「」を輝かせていますか…。


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平等に与えられた使命

子供は親を選べない…。
いえ、子供は親を確かに選んでこの世に生れてくるのだと思います。

「私はもっとお金持ちの親の元に生れたかった」
「私はもっと見識のある親の元に…」
「私は…」、と誰もが一度は、与えられていない物に対して、
不運を嘆いたことがあるに違いありません。

けれど、スピリチュアル=「」の観点からみると、
私達は皆、総ての物を与えられているのです。
与えられなかったことでしか得られない物を、与えられています。
持っているからこそ、感じない、見えない事があります。
反対に、持っていなかったからこそ、知り得る感情やパワーが存在します。

つまり、現存物質(有形無形に拘らず)の有無は、
総てスピリチュアル=「」の育成に通じる、単なる門に過ぎません。

肉体を含め、この現世で手にした物は総て、この現世に置いて行かなければならないのです。
現世で生き抜いたスピリチュアル=「」だけが、来世まで持っていける唯一無二のものです。

親が与えてくれたもの、また、与えずして与えたものを通して、
私達は各々のスピリチュアル=「」を、この一回きりの現世で育てていく事、
その事そのものが、平等に与えられた使命なのです。

他人の門を羨み、自分の目の前の門を嘆かず、
「よっしゃ!」と果敢に挑みくぐり抜けて行きたいものです。



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タグ : スピリチュアル 現世 来世

最近泣きましたか!?
どんな涙だったでしょう…。

嬉しい涙、悔しい涙、感動の涙、悲しい涙、安心の涙…、
色々な涙がありますが、それは言葉だけの違いだけではなく、
そのシチュエーションによって涙の成分が違うそうです。

どんな感情が伴ってるかによって、分泌する脳内ホルモンが違い、
よって流す涙の波動も違ってきます。

出来る事なら、喜びの涙だけを流していたいものですが、
そうはいかないのが、人生ですよね。

でも、どんな涙であっても、涙が流れてくることそのものが、
スピリチュアル=「」の震えです。
スピリチュアル=「」が震える時、その色や、形、大きさ、柔らかさに変化が起きます。

だから、泣いた分だけ人は強くなる、優しくなる、大きくなる、…、
というのは、真実なのです。

例えば、フィクションの映画であっても、その映画を製作した人達のスピリチュアル=「」が、
画像を通して、私達のスピリチュアル=「」を震わせ、涙となって流れていくのは、
ノンフィクション・事実なのです。
私達のスピリチュアル=「」は、事実か創作かを判別しません。
そこにあるのは、響きや振動を受け取るか否やです。

美しい涙とは、言葉を持ちません。
涙そのもが、スピリチュアル=「」の言葉だからです。


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タグ : 波動 スピリチュアル

あなたの子供に…

私は信仰している宗教をもっていません。
ただ、かなり幼少の頃から、仏陀の教えや新約聖書などを、意味も理解出来ないまま、
ページをめくっていました。
何のことやらさっぱり解らなくても、その膨大なページの中に、宝物が隠されているような
ワクワクした気持でめくっていた記憶があります。

まだ二十代の頃、たまたまポスティングされていた布教のための小冊子を見つけました。
雑誌のコラム欄を覗くような気持で読んでいくと、
アメリカのある夫婦のことが書いてありました。

夫婦は二人の子供が授かることを、日々神に祈って十七年もの月日が流れていました。
出産を考えると、妻は既に高齢に差しかかっていて、二人は子どもの居ない人生を生きようとしていた矢先に、妊娠の事実を知り、それはそれは喜び、神に感謝したのです。

けれど、喜びも束の間、医師から伝えられた言葉は、
喜びの絶頂にあった二人を、一瞬にして暗闇に突き落とすことになりました。

「検査をしたところ、生まれてくるお子さんは、ダウン症です」
医師は夫婦の年齢や、子供のダンディーを十二分に考えて、結論を出す事を促しました。

それから暫くの間、夫婦はそれぞれに想いを抱え、結論の出ない時間を過ごていましたが、
その口火を切ったのは妻の方でした。

「神はこの子を誰に預けたら良いのか、十七年もの間迷われ、そして私達に預ける事をお選びになったのよ」

「僕もそう考えていたんだよ」

そして、夫婦は産むことを選択したのです。

それを読んだ私は、単純にそのものの考え方に対して、感動を覚えました。
勿論、その当時はスピリチュアル=「」に対してのデリカシーもなく、
現在のような霊視の能力も持ち合わせてはいませんでした。

けれど、その言葉は確実に私のスピリチュアル=「」を震わせ、
現在の私のスピリチュアル=「」を形成している一部になったことは間違いありません。

そのストーリーは、布教の為の創作だったのかも知れません。
しかし、スピリチュアル=「」は創作と実話違いを問いません。

その時、何を感じたのかだけが、スピリチュアル=「」に沁み入るのです。

私は、その夫婦が言ったように、神が親を選んだとは思っていません。

ハンディーを余儀なくされたその子自身の「」が、その夫婦を選んだことを疑いません。


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タグ : スピリチュアル

虚しさの原因

以前、ブログでの問い合わせにもありましたが、
日常の生活に「虚しくなる」…、ことがあります。
勿論、私も数え切れないほど経験をしています。

「私はいったい何をしてるんだろ…」
「こんなことをしていて、いいんだろうか…」
「いつまでこんなことが続くんだろうか…」、
これが「虚しさ」という感情になって、突然私達に襲いかかってきます。

自分の望む結果が、中々出ない時に陥る、
スピリチュアル=「」の不協和音とも言えばいいでしょうか…。

いったい何をしてるんだろ…、いいんだろうか…、

私達はこの 「…、」の先を本当は知っているはずです。
いったい何をは(自分がやると決めた事)で、こんなことをしては(結果が中々出ない事)で、
いつまで続くんだろうは(続くのは嫌だから逃げ出したい)です。

虚しさ」というのは、原因は外部にあるのではなく、
自分自身との折り合いの問題です。

かなり前に、ミュージシャンのチャーがコンサートの前の心境を語っていましたが、
数え切れないほど演奏してきた楽曲でも、コンサートの前には言い知れようのない不安に駆られるそうです。
その不安に打ち勝つのは、経験でも実力でもなく、
何度も「練習」することだそうです。
空でさえ演奏できるはずの楽曲を、まるで初めての演奏に臨むかのように「練習」する。
それこそが、「不安」に打ち勝つ方法だと言ってるのです。

私達に襲いかかってくる「虚しさ」や「不安」の原因は、
思い通りならない結果によるものではなく、
思い通りの結果を出す為の、過程にあります。
どんなに言い訳を用意したところで、自分のスピリチュアル=「」は、
望む処に辿り着くべく最大限の努力をしたかどうかを知っています。
だからこそ、「不安」や「虚しさ」を感じる現象が現れます。

知らない振りをして、真実に目を背けているのは、当の自分です。

不安」や「虚しさ」でいっぱいになったら、
努力の足りなさを、スピリチュアル=「」が教えてくれていると思って下さい。


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タグ : 虚しさ スピリチュアル 不安

言葉の魂

言葉は波動を持っています。
活字にしてもそうですが、声にするともっと大きな影響力を持った波動となります。

以前、言葉の不思議な力を検証する番組がありましたが、
ご覧になった方も多いかと思います。

同じ瓶に、同じ水道水を入れて、同じ部屋に数日置いておくだけなのですが、
ただ違うのは、一つの瓶には「ヒットラー」と書かれた紙を貼り、
片方の瓶には、「ヘレンケラー」と書かれた紙が貼ってありました。

数日後に、瓶の中の水の分子を光学顕微鏡で調べてみると、
その水の分子結晶がまったく別の形を形成していたのです。

「ヒットラー」の貼り紙があった方の結晶は、形が崩れ不規則なのに対し、
「ヘレンケラー」の張り紙の方は、規則的な美しい結晶を映しだしていました。

活字にされた言葉にも波動が存在し、水の波動に影響を与える事実の発見でした。
多分、その名前を書いた方のスピリチュアル=「」が、その二人のスピリチュアル=「」に触れ、
その波動が活字に伝わったものと思います。
この実験は、人の名前だけではなく、
固有名詞や、形容詞でも行われましたが、
結果は、やはりそれぞれの言葉に対して、分子の結晶が違っていました。

私達が普段何気なく使ってる言葉ですが、
視覚や聴覚、皮膚感覚をフィルターにして、心身に大きな影響を受けたり、
また、与えたりしています。
その影響はまず、スピリチュアル=「」に振動し、
気持ちに作用して、如いては肉体にも及びます。

耳を塞ぎたくなるような言葉が氾濫してるのが現実ですが、
せめて自分から発する言葉は、相手にとっても自分にとっても、
心地良いものでありたいと思います。


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塩で浄化を

花粉に振り回される時期がまたやって来ました。
私は息子を出産した事がきっかけになって、パタッと症状が出なくなったのですが、
その私でさえ、今年はヤラレてます。(>_<)
目が爪でガリガリしたいほど痒いし、鼻がムズムズと半端に鼻水が出ます。

朝起きたら、窓をいっぱいに開けて空気を入れ替えするのが良いのですが、
こんな状態じゃ、それは無謀な行為です。

かといって、一晩中淀んだ「氣」をそのままにしていては、
行動力や思考力に影響が及びます。
そんな時には、お掃除をする前に、塩を軽く撒いて、三十分くらいそのまま放置してから、
掃除機で一緒に吸い込みましょう!
雑巾掛けをする時にも、一掴みの塩を入れた水で、拭き掃除をすると良いですよ。
塩は値段に関係なく、天然の塩であればオッケーです。

不思議と部屋の空気が澄んでるのを感じるはずです。

花粉で窓を開けられない時だけではなく、
疲れが取れないと感じたり、家族がギクシャクしてるような時や、
気力が低下してる時などにやってみて下さい。

「氣」の流れによって入ってきた、「邪気」を浄化するのにも効果があります。
もし、余裕があったら、浄化した部屋にお香を焚いてみるのもいいでしょう。

気持に張りがなく、行動的になれないようでしたら、「レモングラス」や「ローズマリー」、
イライラして、つい八つ当たりしてしまってるようなら、「カモミール」や「ラベンダー」が良いでしょう。
今は、ちょっとしたスーパーなどでも売っていますし、
何より、それを選ぶ時間が気持の豊かさを感じさせてくれます。

私達のスピリチュアル=「魂」は、五感を通してストレートに反応してくれます。
日常生活の中でのちょっとした工夫で、過ごす時間が変わりますよ。

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虚像の自分

悩みというほど深刻じゃないし、苦しんでいるわけじゃないけど、
何で生きているのか分からないんです…、という鑑定依頼がありました。

三十歳前半の女性です。
霊視鑑定を始めると、外部的な問題は本人が言うように現象として起こっていません。
しかし、問題は彼女の内部に巣くっていました。
その問題を本人も自覚していません。
唯一、「何で生きてるのか分からない…」という思いだけが、表面化した問題の芽です。

彼女の背後にお爺さんが視えます。
そう、私に彼女を引き合わせたのは他ならない、お爺さんでした。
「死んでしまう、死んでしまう」と、顔をくしゃくしゃにして心配しています。

彼女は本心を隠し、高校生の頃に作り上げたもう一人の自分を演じ続け生きてきて、
消化不良のごとく、虚無感でいっぱいになっているのでした。
虚像の自分が、本心の自分の感情を認めようとしません。
感情を押さえ付け続けることで、感情が湧かなくなってしまっているのです。

彼女が過去に経験しただろう出来事を、霊視したまま話し、
その時の彼女の感情を呼び起こさなければなりませんでした。

本当は腹が立って文句を言いたかった事、悲しくて大声で泣きたかった事、
「違う」と意思表示をしたかった事…。

そんな出来事はまったく他人事のように、無表情の彼女の顔が次第に歪んで、
叫ぶように嗚咽をあげて泣き出しました。
「それでいいのよ」と、私は何度も繰り返し、
彼女は十数年分の感情を、涙と一緒に一気に流し出しました。

人間関係をスムーズに運ぶのは、スピリチュアル=「」を押し殺すことではありません。
たくさんのスピリチュアル=「」があることを認め、
その中で自分のスピリチュアル=「」を調和していくことです。

「お爺さんがあなたを私に会わせてくれたのよ」

そうでしたか…、と言った彼女の顔は生気を取り戻し、少女のようでした。


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浮気癖

結婚のご相談よりも、離婚のご相談の方が圧倒的に多いですね。

結婚を決める時には、幸せになることを決して疑っていません。
ある格言に、
「最初の結婚は両目をつぶってする。二度目の結婚で片目が開いて、三度目で初めて両目が開く」
、というのがあります。
「だからだな…」、と離婚経験者の自分は、身勝手に納得したりしましたが、^_^;
離婚をして十六年が過ぎた今、人間はどこまでも強欲だと思います。
それでも、三回もするんだ…。(>_<)

離婚を考えていて、中々決断が出来ないでいる方の理由の殆どが夫の浮気です。
女性は暴力や金銭的な問題には、霊視鑑定するまでもなく、決断が下せるようです。

じゃ、何故浮気に対しては判断が下せないか…。
直接的な被害・損害が生じない、というのもあるでしょうが、
相手(夫)の気持ちが何処にあるのかによって、「許そう」とする女性の本能が働くのだと思います。

鑑定をすると、妻にも問題があることもありますが、
大半は夫のスピリチュアル=「魂」の「核」に問題があります。
先にブログで紹介したように、スピリチュアル=「魂」の「核」は引き継がれたものです。
つまり、心身に流れる「血」と言えば分かり易いでしょう。
ご本人(夫)も、罪悪感を持ちながら、
どうしようもないスピリチュアル=「魂」の「核」に翻弄されていることでしょう。

浮気にも二つのタイプがあります。
一つには浮気癖といって、見つかると関係を清算するのですが、のど元過ぎれば…で、
またすぐ次に関係をつくってしまうタイプです。
相手(夫)がこのタイプの方には、
見つかって関係を清算するのは、ご本人も遊びだと認識していることなので、
事を大きくせずに、呆れた癖だと思って、逆に今まで以上に愛情を注ぐことをアドバイスします。

問題は二つ目のタイプです。
自分は女房も、もう一人の女性も、幸せに出来ると錯覚していて、
その女性の人生を抱えようとするタイプです。
こういう夫は、遊びではなく本気だと思っています。
本気だから、女房にも女性にも精一杯の努力をします。
仮に女房に発覚すると、「別れるから…」と言いながら、
何とか関係を継続させるために必死になります。

「本気」とは自分の気持ちであって、「本気」による行動には限界があることを認識していません。
そして何よりも、女房や相手の女性の胸中を感じる能力がありません。

鑑定を依頼してくる妻も、夫が単なる遊びじゃないことを感じるからこそ、
そこに苦悩が生まれ、如いては「恨みの念」までが沸き起こってきます。

「恨みの念」の波動はとても強く、しかも自分自身のスピリチュアル=「魂」までをも汚していきます。
相手(夫)を許す事も、許さない事も、それ自体は問題ではなく、
許さない気持ちが「恨みの念」に変わっていくことが問題なのです。
一回きりのこの現世です。
自分の掛け替えのない人生を、「恨みの念」で塗りつぶしませんように…。



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受け継がれる「魂」

霊視鑑定をすると、その方の気質がご両親ではなく、
祖父母に似ていることが多いことに気付きます。
隔世遺伝というけれど、スピリチュアル=「」においては、
かなりの割合で祖父母の気質を引き継いでいるようです。

また、ご両親が亡くなられている方でも、
守護霊として背後にいらっしゃるのが、祖父母の方が多いのも現実です。

成長する過程で培われてくるものは、性格というよりも行動に反映する事が多く、
ピリチュアル=「」のになるものは、
生まれてきた時にある程度決定されているのかも知れません。
そして、その「」の部分は、祖父母のスピリチュアル=「」を多分に受け継ぐと考えると、
納得がいくのです。

しかも、受け継がれたスピリチュアル=「」が表面化するようになるのは、
ある程度の年齢を過ぎた頃からです。
人間の成長と、スピリチュアル=「」の成長が比例するとは限りません。
人によっては、身体の成長の伴わないスピリチュアル=「」の成長をみせ、
大人や社会に対して反抗的な態度を見せることも間々あります。
本人は感じる事を、周りが納得できるように、言動で説明をする能力をまだ備えてはいません。
感じることと現実を、自分の中で処理するための、身体の成長が伴っていないのです。
感受性が強いと言われる子供は、
スピリチュアル=「魂」の成長が早いのだと思って向き合っていくのが大切です。

三十歳後半から四十歳頃になって、「あれ、この人はこんな人だったかな…」と、
意外な面を感じることはないでしょうか…。

それが、隔世的に受け継いだスピリチュアル=「魂」の「」である場合が多いものです。
スピリチュアル=「魂」の「」の部分は、日常的な行動というより、
瞬間的な言動や、最終的な判断をするする際に現れる事が多いようです。

「この人は、こんなんじゃなかったのに…」と感じたら、
その方の祖父母がどんな人だったかを、訊ねてみて下さい。

「爺ちゃんにそっくりになってきたな…」って、返ってくる可能性が高いですよ。

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タグ : 霊視鑑定 隔世遺伝 気質ス ピリチュアル 守護霊

四苦八苦

人は人として、この世に生れ落ちてから、肉体としての形を持たなくなるまで、
誰もが必ず、踏み締めなければならない、階段があると思います。
階段とは他ならない、自分に降りかかる苦悩です。
例え、運良く一段飛ばしで上ったとしても、
時や状況が変化するだけで、やっぱりその段に戻らなければならなくなってるのです。

今、その苦悩の階段を踏みしめて越えて上るか、
後戻りして上るか…、その違いだけです。

お釈迦さまが説かれた「四苦八苦」という言葉がありますが、
生老病死」の四苦と、
愛別離苦」、「怨憎会苦」、「求不得苦」、「五陰盛苦」の四苦を加えて、八苦です。
お釈迦様の教えによれば、人間には逃げ道はなく、
だからこの世は「苦」の世界であると説かれたそうです。

霊視鑑定の依頼内容は、必ずこの「四苦八苦」の何れかに属します。
依頼される方は、決して逃げ道を求めている訳ではありません。
むしろ、逃げようとする自分を静止してくれる何かを求めているように感じます。

五陰盛苦」(ごおんじょうく)の「五陰」とは、「色」・「受」・「想」・「行」・「識」です。
この「五陰」が盛んになることが、人間の苦しみだとお釈迦様が説かれていますが、
この中の「識」、これが人間にとって最も難しいのではないかと思います。
「識」とは、言葉で何かを認識するということです。
簡単に言うと、そんな事もあるだろうと認めるということです。

自分自身にさえ言い訳をしたがる人間にとって、認めるということがどんなに難しいことか…。
けれど、お釈迦さまが「苦」の世界だと説かれたこの現世で、
喜びや幸福を感じながら生き抜くために、
一番大切な事は、この「識」…、認めることなのです。

「苦」を認め受け入れた人間だけが、「苦」を幸福に転じることが出来るのです。


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月の影響

私達は無意識に「」の影響を受けながら生きています。
」の満ち欠けに合わせた、ダイエット法の書籍があるのも頷けます。

私のお店のお客様の動きをみても、「」だな…、って感じることが度々あります。
週末や給料日等の、可能性の高低に関わりなく、
今日はどうしたんだろう!? って驚くほど忙しくなる時があります。(いつもそうあって欲しい…)^_^;

来店したお客様には、外出する決め手になった、これという理由はありません。
何となく…、なのです。
この何となく…、が「」からの影響を無意識に受けてる証拠だと思っているのですが…。

まだ、その時の「」をデーターにとってないので、確実ではありませんが、
「満」と「下弦の月」ではないだろうか、と思っています。

「月」の波動=エネルギーは、「太陽」の波動=エネルギーと違って、
瞬間的な強烈さはありませんが、じっくりと深層下まで浸み渡る奥深さを持っています。

三月の呼び名に「夢見月」というのがあります。
再び生命が息を吹き返す春の満月に、人の想いを夢に託していたのでしょう。
「満月」には人の「」を現実から離し、本来のスピリチュアル=「」に働きかけるパワーがあるようです。
三月十一日、明日がその「満月」です。
満月の控え目な奥深い「」=波動に、裸にした心を預けるのもいいでしょう。
夢や目標に近づける魔法をかけてくれるかも知れません。(^.^)

「下弦の月」には、解毒・洗浄・発散・乾燥、等の作用があるそうです。
プチ断食などをして、溜まった老廃物を排出するのに適しているそうですが、
スピリチュアル=「」に関しても、日常の生活で少しずつ付いてしまった煤を、
洗い浄化するのに適しています。
いつもより、ゆっくり湯船に浸かって、
天然の塩で、身体を洗い流してみて下さい。


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ももはじめてわらう

三月五日は「啓蟄(けいちつ)」でした。

土の中で冬眠していた虫たちが、そろそろ地上に這い出てくる頃という意味です。
中国では古の頃、「虫」は人間も含む、動物全部を表わしていたそうですから、
冬の間、寒さに硬くなった身体を伸ばし、大きく深呼吸して、
心身の開放感を味わうのがいいですね。

この頃に、「桃始笑」(ももはじめてわらう)という節があります。
これでも解るように、「笑う」と「咲く」の語源は、元々同じだということです。

この事を知った時に、私は思わずにっこりして、暫くの間暖かい気持ちでいることが出来ました。
桃の小さな花びらが開く様子は、花が笑っているように見えたのでしょうが、
人が笑っている様は、見た人に陽(正)の「」=波動を与えます。
その陽(正)の「」=波動は、また笑ってる人の「」と結びつき、
より大きな陽(正)の「」=波動となって、暮らしの中に花を咲かせることでしょう。

私は常々、明るい処にしか「虫も人も、お金も集まってこない」と言っています。

色々な苦しみ、悩み、問題を抱えて心を閉ざし、身体が硬直しているのなら、
自然が春を迎え、「桃始笑」(ももはじめてわらう)この時、
どうぞ笑顔を作ってみて下さい。
最初はギコチナイかも知れませんが、作り笑顔は次第に本物の笑顔に変わっていくでしょう。

「桃始笑」(ももはじめてわらう)、を声に出して言ってみて下さい。
ふっと、頬がゆるんでしまうのを感じるはずです。

言葉には「魂」=「」があります。
スピリチュアル=「魂」が言葉の波動を感じ、一日が豊かに過ごせますように…。


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金至上主義

金至上主義…、そういう方がいますねぇ。
私の周りにも何人かいます。
それを指摘すると、決まって「そんなことはない」と言います。

それじゃ、と私は尋ねるのです。
「何処に辿り着きたいの!?」

殆どが、いつまでに幾ら儲けて、何をする…、を言えません。
「老後に備えて…」
「何があるか分からないから…」
そして、
「金って、貯まると面白しろいんだ。どんどん貯まる」

そんな事を言ってる人が、退社した元従業員に金銭の契約不履行で告訴されたりしています。
高い弁護士報酬料を払っても、自分に背いた人間には、
かつては会社に尽力を注いだにも関わらず、何らの合法的処置を駆使して払わない。

法律に違反していなければ、正しいのでしょうか…、
百歩譲って、正しいとしても、
人として、汚すぎる…。
そういう人は、スピリチュアル=「」の話など上の空で、
簡単に、この先を霊視してくれ、等と言ってきます。
しかも、この先とは金儲けのことです。
多くの人々の「生き霊」が憑いてる! って脅かしたくなります。
私のスピリチュアル=「」も、まだまだ未熟です。^_^;

幸か不幸か、私には「金って、貯まると面白しろいんだ。どんどん貯まる」、
っていう気持ちは分かりません。
負け惜しみだと言われるのを覚悟に、言わせて貰いたい…。

お金は血液と同じで、流れなければ心身する。
血液は身体に影響を及ぼすし、お金は精神蝕む

お金その物は、手元にあれば、ただの紙だし、
口座に入っていれば、ただの数字です。

お金は、何処に何の目的で使うかで、初めてお金の価値が生まれるのです。

今、明日食べるお米の心配をしている人も、
株の値動きで、一喜一憂している人も、
知っていて下さい。

明日の自分は、現在の自分のスピリチュアル=「」が作ると…。

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因果応報

[因果応報]という言葉はよく耳にするとおもいますが、
お釈迦さまが唱えたと言われている仏教用語です。
物事には必ず原因に対する結果が生まれます。
善い行いには、良い結果が、悪しき行いには悪しき結果が…。

仏教で説くところのこの[因果応報]を、スピリチュアル=「」の観点からみると、
説き方が少し違っていますが、結論は同じです。

スピリチュアル=「」は、宗教の有無、また宗派にに関わらず、生命体は必ずスピリチュアル=「」を持ち、スピリチュアル=「」は深層下で繋がっています。

善のスピリチュアル=「」は「」の波動を出し、また「」の波動と結びつき、
悪のスピリチュアル=「」は「」の波動を出し、「」の波動を引き寄せます。

つまり、直接的に何かをしたかではなく、何を思い、感じているかが問題なのです。

例えば、身体が不自由で身の回りのことすら自分で出来ない人がいたとします。
その人は誰かにして貰うばかりで、誰にも何一つしてあげられません。
この人は善い行いをしようにも、することが出来ないのです。
この人には悪しき結果しか訪れないでしょうか…。

もし、身体が不自由だということが、[因果応報]などと言う人がいたら、
それは大きな間違いです。
[因果応報]とは、現世に生きる人間の倫理を説いたものだからです。

そんなことをお釈迦さまが言ったのではありません。

具体的な行いだけが、行いではなく、人が人として、何を思い、感じ生きるか、
その事そのものが、行いなのです。

自分以外の者に、何かをする事が出来る人が、自分の利益の為に、何もしない。
それこそが悪しき行いなのです。
何かをしてあげたいと願いつつ、する事が出来ない自分を嘆きながらも、
いつの日か…、と諦めずに努力する姿勢こそ「善い行い」です。

もし、こういう想いで今を懸命に生きていらっしゃるなら、
あなたのスピリチュアル=「魂」は、必ず善い[応報]を引き寄せてくれます。

現実の社会は、合法であれば何をやってもしい…、
等という考えで成長している企業も少なくありません。

しかし、成長をしてるのは現在というプロセスであって、
決して結果ではないことを、スピリチュアル=「魂」で感じて欲しいものです。


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