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上杉安可吏

Author:上杉安可吏
「灯りの扉」は、どんな時にもあなたの目の前にあります。
必用なのは勇気ではなく、幸せになりたいと願う思いだけです。
一歩踏み出して、その扉を開くのは、
他ならぬあなたなのです。

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自分をつくるもの

人はよく、その人の行為を見て、あの人は○○な性格だ…、という様に思いがちですが、
私はこれまで数多くの方々の霊視鑑定をさせて頂きながら、
行為其のものは、その時の環境や状況にとても影響を受け易く、
一過性のものも多く、それを持って性格を断定することは出来ないと思っています。

例えば、先に起きた東日本大震災後、様々な場所で、被害者への寄付金箱が設置されていましたが、
コンビニでの買い物の後、つり銭を寄付金箱に入れた人がいるとします。

これを客観的に見ると、あの人は善人で、情の深い人に違いないと、
誰もが思いがちなのですが、現実には震災という痛ましい災害の後、
多くの企業や支援団体、又は個人の募金や支援が蔓延している環境が、
つり銭を募金箱へ入れるという行為を誘導したのかもしれませんし、
又は小銭入れを持たないために、何円単位のお釣りは、
いつも募金箱へ入れるのが習慣になっているのかもしれません。

その行為はその人の「」から起こっているとは限らずに、
個人的な習慣や誘導、衝動的な行為であって、
必ずしも、その方の気質や性格によるものばかりではないということです。

しかしながら、その習慣や誘導によって起こる行為が、長い間継続することによって、
行為が気質や性格に変化を起こさせ、
その方のスピリチュアル=「」にまで変化が起こることも、
否定できないことだと思っています。

前世から引き継がれてきた「」をとして、成長過程の環境や状況、
降り掛かってきた様々な出来事などが、まるで樹木の年輪の様に、
その周りを何にも重なって、一人の人間を作り上げているように思います。

そして、日常の殆どは、その何にも重なった部分…、
環境と経験から作られた自分…、と言ってもいいかもしれませんが、
」以外の部分によって、物事を選択判断し、それが行為・行動に繋がっていると感じます。

「三つ子の百まで」という諺がありますが、
本当には、それは「」に最も近い所の「」の部分を指していて、
仮にどんな「魂」を持って生まれてきたとしても、
善悪に関係なく、どんなことでも著しく吸収していく、三歳までの成長時期が、
後の人間形成に大きな影響を与えることを、意味していると受け取るようになりました。

その人の「魂」のカタチは、平常心の状態では中々見え難く、
突発的な何かが起こった際や、緊急時の判断や行為行動から垣間見ることが出来ますし、
怒りや喜びといった感情の琴線によって、そのカタチを見つけることが出来ます。

「魂」という前世での自分ならば、それを取り囲む何にも折り重なった「」は、
正しくこの現世での自身とも言えるでしょう…。

そして、いつの日か、「」と「」がひとつになって、
新しい「魂」として、来世に繋がれていくのではないかと、私は思います…。



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タグ : 霊視鑑定 霊視 前世 現世 来世 性格 スピリチュアル

先日、対面鑑定をさせて頂いていた時のことですが、
ご依頼者様が、時折ハンカチを目に当てていました。
霊視鑑定中に、泣き出される方も少なくありませんが、
その時の鑑定の内容は、決して感情が吹き出すようなものではなかった為に、
体調でも崩されたのかと配をし尋ねたところ、
「先生を見ていると、どうも目がショボショボするのです」
「何か目には見えない粒子の様なものを、飛ばしてはいないでしょうか?」

何か粒子を飛ばす…

私自身は、勿論そんなことを意識したこともありませんが、
そう言えば、以前にやはり対面鑑定をした際に、
霊的能力が高いと言われる方が、強い紫外線を浴びた時と同じ様に眩しくて、
サングラスをかけてもいいですか…、とおっしゃったのを思い出しました。

霊視の際には、眉間と其処から頭の天辺に向けて集中している様なのですが、
(意識して其処に集中しているのではなく、気が付くとその辺に集中力を集めているのです)
波動は何らかの化学反応でも起こすのだろうか…。

多くの対面鑑定の中で、記憶に残っているのは、そのお二人ですが、
もしそれがその方達の体感的なものではなく、現実だとしたら、
その粒子の様な物??で、違った救い方は出来ないものだろうか…。

そんなことが脳裏を過ぎりましたが、まさかね…。(笑)

私は、誰にでも、いつどんなところで、不思議な体験が起こっても、
至って特別なことではないと思っています。

例えば、私達が呼吸の中で吐き出す「」には、
単純に不必要な二酸化炭素を吐き出しているだけではなく、
その方が抱え込んでいる様々な感情の「」や、
思いのエネルギーが含まれていると思っています。

物事を理屈ではなく、もっとシンプルなスピリチュアル=「」レベルで受け止めていた頃には、
誰もがそう感じていたのではないでしょうか…。

」という漢字をみると、自分のと書きます。

鼻や口からの呼吸だけではなく、皮膚呼吸まで考えると、
私達は無意識のうちに、自身のを吐き出しているのかもしれません…。

行為行動だけではなく、すれ違いざまに「暖かさ」の感じられる人になりたいものだと思っていますが、
若しかしたら、それは自身の「」が与えることなのかもしれません。

毎日の歯磨きを語るように、日々の「」磨きを掛けていきたいものです。


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タグ : 霊視 スピリチュアル 対面鑑定 波動 霊視鑑定 エネルギー

天然石との共鳴

霊視鑑定を通して、ミネラル天然石)のご質問や、
実際にブレスレットを作って欲しいとのご依頼も、かなり増え続けています。

市場に出回っているミネラルは、流通経路も値段もバラバラですが、
大事なことは、人口加工をされていない天然石かどうか…、
そしてそのミネラル自体に、強いエネルギーがあるかどうかです。

私がミネラルに興味を持ったのは、20年くらい前だったと思いますが、
当時は、今ほどミネラルの種類も多くなく、
販売店の言うがままに購入したものですが、
実際には天然のものではなかったり、一般的に種類の大い瑪瑙に、
特殊加工を施しているものだったりと、失敗ばかりでした。

ただ、その失敗にも気付かずにいたのが現実で、
たいして思い入れもなかった為に、いつの間にか消滅した物が殆どです。

それらの失敗が、知識を得ることを学ばせてくれました。

出来る限り多くの書籍を読み、また出来るだけ多くのミネラルに触れながら、
概念を捨て、握りしめていると、そのミネラルの波動
エネルギーを、感じることが出来る様になります。

中にはピリピリとした電気を、実際に指先に感じることもありますが、
暖かいとか、柔らかさとか、また逆に冷たさや怖さを感じることもあります。
そういった漠然とした感覚そのものが、そのミネラルの持つエネルギーの特性だと思っています。

経済的に困窮している人が、金運を向上させるパワーストーンを購入されたり、
恋愛や結婚に関して悩んでいる方が、恋愛パワーと唱っているミネラルを手にされるのが、
一般的かと思いますが、霊視鑑定をさせて頂きながら、大きな疑問を持つようになり、
決してそれだけでは、ミネラルのエネルギーが生かされないことを知りました。

何故、金銭的に困窮しているのか…、
何故、恋愛に縁が薄いのか…、
何故、人間関係の構築が難しいのか…、

こういった様に、現象には原因が必ずあるものです。
その原因の部分を改善できる様な後押しをしてくれる…、
手助けをしてくれるミネラル(天然石)でなければ、
単なるアクセサリーにしかなり得ないと思っています。

ただ、単なるアクセサリーになってしまていても、
其処に身に付ける方の「想い」が加わることによって、
想い波動が、ミネラルの持つエネルギーを活性化させることも、決して否定できません。

また、どんなにミネラルが持つ人に気付きを与えようとしても、
弱点を改善させるための切っ掛けを与えていても、
身に付ける人間が、思考によって遮断してしまえば、
ミネラルの持つエネルギーと共鳴できないのだと思います。

人間同士であっても、ミネラルでも、また他の生物、物質…、
総てのものとの間には、一方通行はないのだと感じます。


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タグ : 霊視鑑定 ミネラル 天然石 エネルギー 苦悩 波動 想い パワーストーン

裏切りの本質

相手の本当の気持ちが分からないという鑑定は、日々後を立ちません。
でも、私は思います。

分かっていながらも、認めたくない自分と戦うことに疲れ果て、
僅かな救いを求めているに違いないと…。

かつて交わした愛おしい言葉が、耳鳴りのように響き、
目の前の現実を受け入れられずに、一時的な何かがそうさせているのだろう…、
そんな風に自身の思考は誤魔化すことができても、
心は涙を流し、乾いた風が通り過ぎる…、
そう、私たちのまでは誤魔化すことができません。

理由は何であれ、どちらからの別れであっても、
愛した記憶を持つ人達にとって、別離は心に重く切ないものです。
その痛さこそが、とを共有した証なのだと思います。

五十数年、生きてきた今、ぼんやりと霞の掛かった先に見えるものは、
愛する人が傍にいることは幸運なこと。
もし別離によって、その手に触れることが出来なくなったとしても、
愛する人に出会えたことが、幸せなことだということです。

マディソン郡の橋」という、映画化にもなった小説をご存知でしょうか…。
もし、まだご存知なければ、まず小説の方から読まれることをお勧め致します。
私が35歳の頃だったと思いますが、喫茶店の片隅で号泣した自分を、
今でもはっきりと覚えています。

私たちは、いつ、何処で、どんな出会いをするのかを知りません。
突然、自身の心を…、を震わせる人との出会いがあるのかを知りません…。
恋人が居るとか、結婚をしているとか、互の状況とは全く無関係に、
その時がやってくることがあります。

もし、その時、恋人がいたら…
もし、その時、家族がいたら…

あなたは、どんな選択をするのでしょうか…

愛情の重さを秤にかけることなど、所詮無理なことなのだと、私は思っています。
何故なら、愛情の深さや広さではなく、愛情の種類が違うからです。

マディソン郡の橋の中では、痛々しいほどの苦しみから選んだ道は、
これまで通りに家族と過ごすことでしたが、
どんな選択をするのかは問題ではなく、
その人の「」の中に消えることなく存在する人がいる…、
ということを、どう捉えるのかが問題なのだと思います。

欲情を超えた愛情は、裏切りにはならない」
私は、そう感じるのですが…。


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タグ : 鑑定 恋人 家族 別離 マディソン郡の橋 欲情 愛情

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