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上杉朱璃(あかり)

Author:上杉朱璃(あかり)
「灯かりの扉」は、どんな時にもあなたの目の前にあります。
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一歩踏み出して、その扉を開くのは、他ならぬあなたなのです。

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自己愛の果て

人から心配されることは、
自分を気にしてくれている…、
特別な思いを持ってくれている…、
という認識に繋がって、
悪い気持ちがしないものです。

仮に相手が自分にとって特別な人ではなくても、
異常行動に出なければ、
迷惑を感じることはないでしょうし、
そんな光景を自分にとっての特別な人が見ていたとしたら、
偶然の人気度アピールになるでしょう。

人から心配される喜び = 自己愛
といった構造が見えてきますが、
これを意識的にやると、
氣を引く…、というところでしょうか。

こういったことは、
成長過程において、
誰にも心当たりがあるのではないかと思います。

幼少期には母親の氣を引くために、
お腹が痛くなったりしますし、
思春期ではただの寝違いに、
オーバーな包帯を首に巻きつけたり、
結婚適齢期では、架空のお見合い話を作り上げたり、
思い出せば身の周りに氾濫しています。

氣を引く言動は、
私を見て
私はここよ
私が大変
私が可哀想
私が…、私が…、

これは若しかしたら、
霊長類最もお粗末な、
求愛行動なのかもしれませんが、
私にも大いに心当たりがあります。(笑)

霊視鑑定をさせて頂いていると、
とても同情心の強い方は、
同じベクトル同情されたがっていることに気付きます。

同情が本来の意味を失って、
することもされることも、
有効的ではなくなっていますが、
氣を引く言動が無関係ではないと感じます。

同情するなら金をくれ

懐かしい名台詞で、
老若男女が至る所で口にし、
拍手喝采を受けていた記憶がありますが、
どうして人の心を捉えたのか…。

同情からは何も得られないことを、
私たち誰もが知っていたからに他成りません。


他人だけではなく、
物事が上手く運ばない自分自身を同情するのは、
自分を可哀想だと思う「自己憐憫」で、
お粗末な求愛行動なんか比べものにならないくらい、
痛いことだと思うのです。

今日も最後まで読んで下さって、
ありがとうございました。


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タグ : 霊視鑑定 求愛行動 霊長類 スピリチュアル 同情 思春期 結婚適齢期

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